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福岡高等裁判所 昭和32年(う)104号 判決 1957年3月14日

控訴人 被告人 田中こと宗一郎

検察官 青山良三

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人石丸公が陳述した控訴趣意は記録に編綴の弁護人今長高雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用し、次のように判断する。

同控訴趣意第一点について。

所論は、本件もろみは豚の飼料に供するために製造したものであるから、酒税法第八条所定のもろみには当らないと謂うにある。しかし、原判決挙示の証拠によれば、被告人が本件もろみを製造したのは、豚の飼料に供するためであつたものとは認められない。のみならず、酒税法の各種規定が酒類に対する徴税を確保するため酒類の製造、販売等につき免許制を採用する等種々の制限を設け、併せて酒類の原料である酒母、もろみ、こうじの製造につき免許制を採用した所以のものは、右原料は直ちにこれを酒類製造の用に供し得るものであるから、かかる原料の製造をも制限しなければ酒類の製造を制限した趣旨の完璧を期し得ないためなることが窺われる。又酒税法第八条はその本文において、酒類製造の用に供し得るもろみを製造するにはすべて所定の免許を受けなければならない旨規定し、僅かにその但書を以て一号以下六号まで除外例を設けており、殊にその五号にこうじについては自己又は同居の親族の食用に供するための製造を制限しない旨の規定を置いているに拘らず、もろみについてはこの種の主観的意図に関する除外例を認めていない。従つてこれ等の律意に鑑みれば、酒税法第八条所定のもろみとは、客観的に観て酒類製造の用に供し得るものなることを要し且つこれを以て足りるものにして、その製造の目的が酒類製造の原料に供するためなると、はた家畜の飼料に供するためなると、その主観的意図の如何はもろみたるの本質に消長を来すものでなく、苟くも酒類製造の用に供し得るもろみであれば、その製造の目的如何に拘りなく、すべてこれが製造には所定の免許を受けることを要するものと解するを相当とする。今本件について観るに、原判示事実は、被告人は原判示のとおりメリケン粉二俵、米ぬか五升にうどん汁と水を加えて原料とし、これを桶や金だらいに仕込んでもろみ一石四斗八升を製造したものであるというのであつて、右もろみが酒類製造の用に供し得るものなることは原審証人山崎昭の証言により明らかであるから、被告人が仮りに所論の如くこれを豚の飼料に供する目的を以て製造したものとしても、酒税法第八条所定のもろみを免許を受けずに製造したことにかわりはなく、原審が被告人の右所為を酒税法第五四条第一項に該当するものとして処断したのは相当であり、原判決に所論の如き事実誤認、法令適用の誤は存しない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第二点について。

しかし、原判決挙示の証拠によれば本件もろみは被告人自ら製造した事実を優に認め得べく、而して本件記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われている被告人の年齢、境遇、犯罪の情状その他諸般の事情に鑑みるときは、なお所論の事情を篤と参酌しても原審の被告人に対する刑の量定はまことに相当にして、これを不当とする事由を発見することができないので、論旨は理由がない。

そこで刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書に従い被告人をして負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 岡林次郎 裁判官 中村荘十郎)

弁護人今長高雄の控訴趣意

第一点原判決は左の点につき事実誤認であるか又は法令の解釈を誤つた違法があるから破毀せらるべきである。

原判決第二の認定事実の要旨は、被告人は昭和三十年十二月十四日メリケン粉二俵、米ぬか約五升、水約二石二斗、うどん汁若干を原料として仕込み同月十五日もろみ一石四斗八升を製造した。と言ふにあり此れに対し酒税法第七条第一項、第五十四条第一項、第四項、第五十六条第二項を適用処断した。然しながら同条に「もろみ」とは酒類を製造する目的を以て為されたものを指称するのであつて馬豚等の飼料に供する目的を以て為されたものは同条の「もろみ」には包含されないのである。何となれば本条は酒の密造を禁止し、酒の密造をなす者を処罰しようとするもので豚等の飼料の制限をしようとするのではないからである。被告人の原審公判に於ける供述、被告人の検察官に対する供述調書、許在述の供述調書第二乃至第四項によれば被告人は豚の飼料を製造しようとしたものであることは明白であり酒を製造しようとしたものであることを認むるに足る証拠は全く無い。此の点につき有罪の認定をした原判決は事実の認定を誤つたか、又は法令の解釈を誤つたものであるから破毀せられ無罪とせらるべきであります。

第二点原判決は刑の量定が重きに過ぎ不当でありますから破毀相成度。

一、被告人の原審公判に於ける供述、被告人に対する供述調書、許在述の供述調書によれば、被告人は不具者で労働が出来ない。三十八才にもなるが妻帯も出来ない、そこで許在述が引取り飯炊き風呂炊き等家事の手伝をさせている。頭も低脳である最近は豚小屋に寝泊りさせ豚の番人とか豚の飼育をさせているそれにより一日四十円の煙草銭をもらつて辛うじて養つてもらつている者である。

二、右の事情から豚の飼育者は被告人でないことは明白であるし本件もろみの原料たるメリケン粉二俵、うどん汁四斗樽三本等自己が購入したもので無いことは経験則に照し極めて明白である。即ち本件物件(もろみ)の真の製造者は被告人であるとはどうも常識上首肯が出来ない。被告人は豚小屋に寝泊りし豚の番人をしていた。本件もろみの樽は豚小屋に仕込まれていた。豚の番人として被告人は仕込まれたもろみの番人をしていたに過ぎないのが実情であると観なければならない。

三、前科はない。

低脳であり不具者であり、三十六才にもなつて他人のめしたきをして居る者で実質上は犯人とはどうしても考えられない被告人に対し合計二万四千円の罰金刑に処したのは量刑が苛酷である。今日は密造酒は採算がとれない。低価な焼酎が大量に出ているので密造は必要が無くなり自ら駆逐せられているのである。

右の事由により原判決を破毀せられもつと御寛大な御判決仰ぎ度。本件控訴申立に及んだ次第であります。

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